2011年10月31日
先日 救急外来の待合室で
しばらく過ごす事がありました。
小さな子供がなきじゃくり
腕が脱臼したらしく事情を説明する姿。
軽いめまいがと
近所の人に連れ添われて来る人
おじいちゃんと孫娘で点滴をするちびっ子
きっと食事も取れず熱があったのだろう。
車椅子を引いて家族で入ってくる人達。
救急車で運ばれて
待合室はカーテンを閉められ
あわただしい足音と車輪の音で空気が冷たく感じる。
そしてしばらくすると
何も無かったかのようにカーテンは開かれて
元に戻る。
そしてここは
救急外来。
心の不安のひとつの問題に健康がある。
その不安と人の愛をリアルに感じる場所かもしれない。
心配する気持ちであふれた空間と
それに立ち向かい調べて信頼の中で
判断してくれるプロの医師達。
その空間は私の人生の中で
遠い記憶が様々蘇ります。
私もよく利用していました。
自分も含めて子供達も良くお世話になりました。
なぜ土日や夜に悪化するのか?と思うほどでした。
そこには家族や人を思う心があります。
目には見えないけど
不安に包まれた人の姿。
体調不良とは何が起きているのかと
言う不安で包まれている。
でもプロである医者の判断や言葉で
安心して皆家路に向かう人達。
今現在は私も遠のいたけど
最後はまたお世話になるのかもしれない。
いいえ。きっとお世話になるのだろう。
ここは、見えない体調不良を扱
う緊急の場所だからこそ
リアルに感じてしまう空間です。
人を思う気持ちや苦しさを…。
健康な時は見えない場所だけど
健康に問題が起きた時
様々な部分が
見えてきたりするものなんですね。
やはり健康第一ですね。
2011年10月26日
私達は共感出来る事と出来ない事がある。
話を聞いて共感できる心を持つ人と
話を聞いても共感できない人もいる。
でも理解は出来る。
共感出来ない人が悪いのではない。
共感できる人が特別なのでもない。
でも、共感できる人は
人の気持ちになって解決できる事がある。
ただ…
共感できる環境や
体験や経験を通してきた人ではないかと思う。
心を痛めたことがある人は
人の心の痛みを感じるだろう。
その痛みは様々なジャンルに分かれている。
だから全てとは言えない。
家族・恋愛・人間関係・個人
どんな関わりも違いがある。
共感できるから全て出来るとは限らない。
共感が苦手だからおかしいわけではない。
誰にでも共感できる部分は必ずあるはず。
私達は自分の人生の中で
体験や経験から何かを感じてきた。
人生は様々な事を学ぶ
知識ばかりではなく心を通して同時に何かを感じ学んでいる。
生きてきた年齢の分だけ時間を過ごしてきた。
時には
説明しても気持ちが伝わらない事がある
それは相手が悪いのではない。
わかる事と感じ共感する事は違う。
心は知識じゃない。
目には見えない感じるもの。
心を知るとき
心で感じることを忘れてはいけない。
心は知っている。
相手が本心で発している言葉なのか?嘘なのか?
心は感じるものだから受け取っている。
一番大切にしなくてはいけないのは
自分の心。
だから心が感じるサインを
本人が理解してほしい。
自分の気持ちを素直に受け取れる人は
同じだけ人の気持ちにも共感できるから・・・
共感は奥深い。
2011年10月25日
洗面所で長い時間、髪を整えていました。
そろそろカットかな?
なんだかまとまらないなぁ?
ん?あれ?傍にいるはずが・・・
愛犬は傍にいません。
いつもは鏡越しに見ているはずなのに・・・
小さなストーカーと呼んでいます。
愛犬はトイレに入ってもドアの前にいます。
パソコンの部屋にいても傍で寝ています。
ソファーに座れば乗ってきてじゃれてくるかくっついて眠ります。
私が昼寝を始めたらハウスで同じように眠ります。
それが・・・いない。
探しました。するとハウスにいます。
どうやら私はこれから出かけると誤解しているようです。
出かける前にはバタバタして着替えたりメイクをして消える
そのパターンに入っていたのでしょう。
出かける準備中は確かに傍にはいません。
行ってきます。と玄関で声をかけてもでてきません。
遠くから仁王立ちでこちらを見ているだけです。
それが抵抗というか意思表示です。
帰ってきた時も喜び半分怒りがあります。
だから甘噛みをしながらじゃれてきます。
言葉を話せないけどしっかり個性があり気持ちがある
そんな犬です。
ただ誤解させてしまった事に笑えますが・・・
私の行動パターンを客観的に観察されている事に恥ずかしくなりました。
犬に読まれているのです。
動物は何を感じ人を判断しているのだろう?
私達は会話する言葉や態度など人間関係で見つめる部分が沢山あるけど
言葉を発して伝えられない動物はそれでも人を見極めている。
沢山の要素を持っているのに人間は見極めたり
把握したり相手の行動パターンを忘れて
時にマナーや道徳心をはずしてしまう。
そしてこの行動パターンを読まれていることに恥ずかしさを覚えました。
それだけ見つめ観察されているひとりの人間として…
出かけないその日は、愛犬サービスディにしました。
いつもより遊び、いつもより散歩を増やしました。
きっと、何で散歩行けたのだろう?
そうは思わないか。。。
ただ「わ〜〜〜い!」くらいだろうな。